構成・演出家「横山順一」 取材文掲載
サンケイ新聞夕刊「創人たち」vol.11
〜伝説は、つくるもの。〜

取材・文=村上美香
写真=須佐光浩


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サンケイ新聞夕刊コラム『創人たち』 11回目


伝説は、つくるもの。

構成・演出家 / 横山順一 (よこやま じゅんいち)

20年程前、大阪天満で空手道場を開いたばかりの石井館長(正道会館)がいて、ええやないか、それおもろいやないか、とバックアップしてきたテレビマンがいた。当時、関西テレビにて『エンドレスナイト』を仕掛けていた上沼ディレクター(上沼絵美子さんのご主人)と、彼を師匠と慕ってきた今回の創人、横山順一氏だ。今でこそ藤原紀香ちゃん効果もあいまって若い女性たちにも人気の『K−1GP』だが、彼らは20代の石井館長と交流を深め、まだ初々しかった佐竹選手や角田選手を番組出演させるなどテレビ側から盛りあげてきた。時を経て、97年。故アンディ・フグなどの人気が沸騰するなか『K−1GP』の東京・名古屋・大阪の3大ドーム進出という格闘技界では考えられない大規模な興行が行われることになり、横山氏は関西テレビとしてその大阪大会プロデュースを名乗りでた。その演出の派手なこと!スケールのでかいこと! 6000万円規模の竜と虎のオブジェをゲートに構えたり、ウォータースクリーンを使ってUSJばりの映像を流したり、突然、ホンモノの暴れ馬がサムライを乗せてドーム内を懸け抜けたなんてこともあった。「K‐1がラスベガスに進出した98年、僕もラスベガスで本場のショーを色々見てきたんです。それで、大阪大会もストーリー仕立てにしたんですよ。まず、舞台に一人の老人が出てくる。彼はマスター石井といって、石井館長の30代ぐらい後の子孫という設定なんだけどね、彼が英語で“むかしむかし、K-1というスポーツが日本に生まれて〜”と語り出すの。それで、何世紀も続いたK-1の中でも一番すごかったのが1998年の大阪ドームの試合だったんだよ、見てみるか?という感じでドカ〜ンと巨大花火を打ち上げてスタート。老人の昔話にあわせて大会を進行してね、エンディングでは、石井館長自身が老人役になって舞台に登場するんです。“わかったかい?伝説っていうのは、こうやって創っていくもんなんだ”とタネあかし。これは楽しかったね」。伝説はつくるもの・・・なるほどなあ。石井館長のセリフを借りて、ディレクター横山氏のアイデンティがそこに在る。2年前に「クリエーターである自分を大事にしたいから」とテレビ局をあっさりと退社。とはいえ、培った人脈から引く手数多の横山氏。いま、檻を破った次の獲物をゆっくりと狙っている。新たな伝説がここから、はじまる。(フリーライター 村上美香 188.j p)


プロフィール
1958年、島根県出雲市生まれ。82年、関西学院大学卒業、関西テレビ入社。『エンドレスナイト』のディレクター時代には、同番組や映画『ラビットマン物語』に、無名時代の石井館長や佐竹雅昭を出演させる。『明日ハレルヤ』では、テレビに出ていなかった大山倍達や前田日明のドキュメントを制作、さらに日本初の格闘技バラエティ『熱血!ハイテンション』を立ち上げ、角田信朗を司会者にアンディ・フグなどをゲスト出演させて話題を呼ぶ。その後、97年から『K‐1GP』の開幕戦を大阪ドームにて演出。過去に例をみないビッグ・スケールの舞台演出が注目される。また、大阪城ホールに大量の土を持ちこんで開催した日本初の屋内型モトクロス・レース『ARENACROSS』をプロデュース。2000年、関西テレビを退社。01年、個人事務所『ディレクション』を設立する。

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