2008年11月13日

やさしい海。

20081112-mikako.jpg
どこの家の庭先にも菊の花がいっぱい咲いてるよ。
柿の木には、あかく熟れた柿がなっている。
お茶碗洗いながら、桟橋みると
今日の海は、波ひとつなく本当のどかです。
こんなやさしい海みてると気持ちがなごみます。
たくさんの人にのどかな海
じっくり眺めてほしいよ


2007年11月09日

めんどくさい?

朝、出掛けに玄関にいけている大きな「桜の枝」が服にひっかかって、「もう!!めんどくさい!!!」と思ってしまった。誰も悪くない。むしろ、そんな邪魔なところに桜の枝を生けている私が悪い。ほんで、来ているひっかかりやすそうなびらびらした服もよくなかったんだろうけど。「もう!!めんどくさい!!!」と思ってしまって。うーむ、鏡に映ったわたしは目がつりあがってしまっとるなあ、と反省するのである。で、仕事先の女性プロデューサーと話していたら、「そうなのよね、めんどくさいっておもっちゃう」。それからその女性プロデューサーのもとにきた、また別の女性プロデューサーからのメールにも、「昨日さあ、こんなことあって、超めんどくさい~っておもっちゃった」と書いてあったのと笑う。どうも、この世代、めんどくさいことはもうかんべんしておくれ~~~と叫んでいるように思える。そっとしておいてくれ、めんどくさいのはごめんだ、できることなら自分で処理してくれ、こっちにまで余波を伝えないでくれ、それでなくてもめんどくさいことは次々にふりかかってくるのだ、せめて、君は笑顔でいてくれ、いいところだけ、たのしいとこだけ見せてくれ、邪魔をしないでくれ・・・それが本当の声なのかどうなのか、よくわからないのだけど、ずっと昔から遊んでいるこれまた別のとある女性プロデューサーに、「ねえねえ、最近の私たちの世代の女は、なにかとめんどくさがっているぞ・・・なんという現象だ?これは?」と伝えてみると・・・あらあら、どうしたものか。「そうかな?みかちゃんはずっと前から、めんどくさいめんどくさいってよくいってるじゃん。私、よく聞くよ~笑」

なぬ???そーなのか?   ごめんなさい。

誰も読むなよ、こんな日のブログ。笑!!

2007年10月09日

10月10日ハ、メの日。

小学校の4年生のときにとつぜん、視力が落ちた。ガッコウの診断で、0.8といわれて仮性近視といわれてしょうげきをうけた両親は、ワタシの習い事をすべてストップさせていまなら治せるからといって、尾道の目医者にかよわせた。誰にもいってないが万年補欠だったバレーボールもやめたので、うれしいようなかなしいような・・・。だが、毎週土曜日、田舎モノのわたしは、船にのって「尾道にいく」という冒険を手に入れたのだ。因島からフェリーで40分。尾道の商店街のなかに「前谷眼科」はある。大人気の眼科で、いつも満員ぎしぎしだった。おかあちゃんのともだちの重谷さんという婦長さんがいたので、ときどき優遇してもらいながらも、私は、眼科で視力をはかるのがこわくてたまらなかった。「りさつくけてへこいりにみし・・・」 ワタシは視力ボードを暗記した。0・8ぐらいのところまで読んで、あれ?う~ん、と知っているのに演技をする。右、左・・・のはさすがにわからんから、まあ、子供の暗記ぐらいは看護婦さんわかっていたんだろうけど、いまでも、「りさつくけてへこい・・・?」  と首をかしげたこましゃくれた小学4年生のちびまるこちゃんのような私をおぼえている。尾道商店街には、たいこまんじゅうの屋台と、いずみやみたいなスーパー、サーティーワンの原型のような、だんだんかさねのアイスクリーム屋さん、まだめずらしかったピロシキとかうってるおしゃれなパン屋さんなどが並んでいたから、検眼表の恐怖からときはなたれた帰り道の私は尾道ワンダーランドをひとり旅したものだ。歩いても歩いても、店、店、店。楽器屋さんのショーウィンドーでは、鼓笛隊でどうしてもほしかった、バトントワリングを発見し、おこづかいをためて、輝くバトントワリングを買ったものだ。アイスクリーム屋のスタンプをためたり、いずみやの屋上のこども用遊園地で、こども用パチンコをしてキャラメルをゲットしたり、思いきって、レストランに入ってフルーツパフェを注文し、机の脇においてあるミックスナッツの自動販売機みたいなやつにお金を入れて、ナッツをこっそりたべたという大冒険もしたものだ。毎週、バレーボールの練習をしている友達よりも、かなり大人、な、尾道、目医者がよいの美香である。きょうは、目の日。そんなことやってたから、ちっとも視力はよくならず。結局、コンタクト人生。

2007年10月03日

静かにしたい・・・

都会はうるさい。先週まで奈良の室生村という山の中にいたからというのもあるけど、都会にもどってきて心ががちゃがちゃと整理されていないのを感じる。都会のせいにしたが、実は自分のせいだ。私は、自分で自分のこころが把握できていないときにひじょうにいらつきあせりふあんになるのだ。まず、掃除ができていない。洗濯をやってもやってもおわらない。ドレッサーのうえがむちゃくちゃで、秋のあたらしい化粧品たちと旅行用の携帯化粧グッズやらががちゃがちゃと散らかっている。そう、ようするに心が散らかっている。そして、後回しにしておいた仕事がたまって、取材テープの山で、請求書を切らなければならないものがたまっている、ああ、たまっている・・・。白いごはんを一度も炊いていないのに。あったかい味噌汁をまったくつくっていないのに・・・キッチンはなぜかすぐに汚れる。ああお手伝いさんが欲しい。心が雅チャがしゃしているのがわたしはとてもいやだ。誰にもアイタクナイ、どこにもイキタクナイ、何故か非常にストイックにただ、仕事に打ち込んでいたいと思う。

といいながら、ウィスキーにはまっているわたしは、何も足さずに何も引かずに、山崎のハイボールがのみたいなあ、と思いながら。どっちやねんとおもいながら、もうねなきゃ、とおもっている。真夜中のひそやかな更新行進!!

2007年06月24日

あとまわし、さきおくり

またもやこの「ひらがなにっき」の更新をしばらくほったらかしていました。あなたは、自分のことをいちばんあとまわしにするたいぷでしょうか。それともさきおくりにするたいぷでしょうか。どちらかというと、まえだおし、にするたいぷのわたしではありますが、そのときに興味のあるものものをいちばんあついうちに、ふうふうといいながらことばにしてしまうので、こういった、あとでもいいかなてきなブログの日記はいちばんすきなくせに、いろんなことの最後の最後になってしまうわけです。でも、うちの会社のページのいちばんうえのところにひそかにあるので、なんだ、ぜんぜんかわってないじゃん、とおもわれてるでしょうなあ。前にも書いたけど、みられることを意識して欠いている文章と、どうぜみられないだろうなあと思いながら書いている文章ではその微妙なところでのさらけだしかたが違ってくるのですね。さらけだしかたといっても、こしゃくなコピーライターさんのことですから、計算なんかもしているわけでそうそう、生ざらしにはしないのですが、こうやって、あれ、文章へんじゃんとか、つじつまあってないじゃんとか、そういうのもありありなのですよ、って文章は自分の思考への挑戦みたいでたのしいわけで、こうやって練習しているのです。だって、次の629はライブの生打ち、をするのですからね。生打ちですよ。イメージをそのまま人様のまえで、ことばをさらけだしてやっていったろかいなというわけです。文字校正などあったもんじゃありません。ブラインドタッチ、脳みそと指先が直結しているかんかくで、まるでスポーツのように、文章をかいていくのです。作った先から出力をしていきますよ。今日はそういう訓練の日にしようかと、ちょうど雨だしねえ。雨好きよ。あめの日が心をすっと落ち着かせてくれるから。雨好き。お風呂で足湯をして、2曲分、レゲエのリズムのとっても軽やかなやつを聞いて、足をバタバタとお湯のなかでさせて、頭をリラックスさせよう~っておもっていたのですが、今日は遅くおきたし、夕方また眠ってしまったりしたので、頭がリラックスどころか、シャキンとしない状況で、また眠ってしまいそうになる。タイポの練習をするのじゃなかったのかい、みかさんよおお。ということで、久しぶりにこの日記を更新しました。キッチンからは、スイートなかぼちゃのシチューの匂い。今夜はシチュー。って、冬みたいね。

2007年03月10日

トマトのジャムじゃけん!

檸檬の日記を書いたところに、コメントを下さった方のページを訪ねてみるとなんと、大三島のみかん農園。島の人間は、他の島に行くことがあまりないのですが、このお正月にわたしは福山に住んでいる妹みたいな友達といっしょにしまなみ海道をドライブして、大三島にも立ち寄った。因島からやってきたくせに、なぜか、大阪からやってきたような顔して、物産を物色しているワタシ。ううう、檸檬が満ちている。檸檬ほしい、檸檬かいて~~~。と思ったのだけど、お父ちゃんの檸檬があるけ、ガマンガマン。季節を通じてこのレベルの檸檬があるといいんだけどなあ。ってところに発見したのが、トマトのジャム。おお、トマトのジャムとは珍しい。みかんのジャムとトマトのジャムといちぢくのジャムをその日はかって、大阪にもどったのであるが、思いのほか、トマトのジャムが我が家で大好評。いま、ラベルをみていると、やはり大三島の上浦町のもの。手島さんという女性がつくったものがと表記されています。トマトジャムがなくなってからは、福山の後輩に「こうてきて~」と頼んだので、いまは冷蔵庫にストックがあと2つ。大三島、ときいて、思わず思い出した、トマトのジャムじゃけん。うんまいど~!!

2007年03月08日

檸檬がだんだんと

檸檬がだんだんと、
檸檬だだんだんと、

がりりと、がりりと、ごりごり、がりりりりりと
自分のあいでんてぃてぃになってきている気がしています。
好きなものはなんですか?とか
これとこれどっちが好き?とか、そう聞かれるのが苦手で、
人の意見に金魚のしっぽのようにうなずいていた昔があって、
それから私にわからんもんはみんなもわからんぞみたいな開き直りの境地を経て、
ひとつだけ絶対に譲れないものがあるとしたら、
檸檬だなあというか、檸檬しかないなあ、と思っていたりして。
まあ、比べようがないわけだから、他に檸檬をたぶん私ほど語れる人も好きな人も
おらんやろうと、1日檸檬何個分のサプリメントをのんでる人はいるかもしれんけど
1日檸檬を生で1/3個ぐらいは毎食後に食べてしまう自分を思いながら、

檸檬がだんだんと、
檸檬がだんだんと。

おとうちゃんにいわせば、なんで、ミカンじゃないんなら?といわれそーじゃけど。
おとうちゃんの畑のスイカでもメロンでもミカンでもなく、
檸檬がだんだんと。私ならではのアイデンティティになって帰ってきているのです。
じいちゃんがでこぽん畑に接木してくれた、1本の檸檬の木。
私のふるさとの島にある1本の檸檬の木が、
あまのじゃくな私の、うそつきな自分の、そのものであればいいなと。

檸檬がだんだんと
檸檬がだんだんと
わたしに満ちている
あまのじゃくなわたしに満ちている
がりりとなんてかめねえよ、コウタロウ!!
がりりとなんてかめねえよ、チエコはよう!!
満ち潮のように満ちている
引き潮のように次なる何かを迎えに行っている

ノスタルジーでも、ロマンティシズムでのなく、
きょうのわたしの目の前にすずしく光る檸檬を今日も置かう。

なんのこっちゃ!!


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