きょうの晩メシはカニカニ♪
北海道からカニがやってきた!!カニがやってきただけで、こんなにもハッピーになれるわが社はなんとしあわせなことか。

心も躍る、カニカニ。夢にまで見たカニカニ。昔みんなでいった函館を思い出しながら、カニカニ、うにうに、いくらいくら。メンバーが変わっても、こんなにも、似たようなテンションで、食べることに必死なみんなが心からいとしく思える。
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北海道からカニがやってきた!!カニがやってきただけで、こんなにもハッピーになれるわが社はなんとしあわせなことか。

心も躍る、カニカニ。夢にまで見たカニカニ。昔みんなでいった函館を思い出しながら、カニカニ、うにうに、いくらいくら。メンバーが変わっても、こんなにも、似たようなテンションで、食べることに必死なみんなが心からいとしく思える。
今年は因島に帰ってばかりだ。甘えてばかりだ。
帰る場所をあけておいてくれる両親に感謝している。

おかあちゃんはね、おかあちゃんを早くに亡くしたから、甘えた記憶がないんよ。
だからできるだけ甘えさせてやりたい。いいんよ、いつでも帰っておいで、ここは美香の家よ。
新大阪の駅についたときにおかあちゃんからそんなメールが入って、そうなのかあ、それにしてもあたしは甘えてばかりだ。元気でいてくれて、そこにいてくれて、本当に本当にうれしく思う。
おとうちゃんのスイカは世界一。
おかあちゃんの笑顔は世界一。
元気でいてくださいね。ずっと、ずっと・・・
テレビで靖国神社の話が交わされている。終戦記念日が近いからかな。この夏は、神社によく縁があったなあ、と思ったのだけど、同時に、周りの友達たちが、あ、お墓参りいかなきゃ、とかいってて、それがいくつか重なって、江原さんも美輪さんもお墓参りにいかなきゃ、といってたりしたので、ああ、お墓参りいってねえなあ、と。で、ご無沙汰しまくりだったまんちゃんの方のおじいちゃんのお墓参りについていく。近鉄電車のひょうたん山駅。普通電車にのれば30分ちょっと、近いのにね。電車のなかでデスノートよみながら、なんだか不謹慎な気分になってると、空が怒ったのか雷と土砂降り。傘かって、坂道を濁流がながれるなか、えっちらおっちら・・・ううう、しんどいよおおお。しんどいよおおおお。これは、江原さんなんのおぼしめしなんでしょうか。雨に降られて、やっぱ、やめるかやっぱいくかを試していらっしゃるのだとしたら、なんだからテンションあがってきたのでいきまっせ。千日前のおばーちゃんと、石切のおじーちゃん。東大阪といってもほとんど生駒山のふもとにあるのでお墓からは、大阪が一望できて、とても眺めがいい。羽振りのいい時に立てた墓らしく、いい場所にある。生まれた自分の家のお墓ではないお墓なので、へんな気分だ。嫁というのはみんなこんな気分なんだろか。明日から、因島。こちらもお墓参りしばらくいってないので、いってみよう。北の浜のじーちゃん。真面目に生きよ、とばっかいってたじーちゃんのコトバを、あたしはひとつも守ってない。
お墓参り、「は」
歯ブラシ買ったよ、「は」
はあ?「は」
はっきりしてるね、「は」
花も買ったよ、「は」
あ、満月。
ねえ、満月。
きょう、夜空をみあげた?満月やったよ。まだ夏なのに、秋みたいな、澄み切った夜空。元町の空にぽっかりと浮かんでいて。わあ、和美、満月。ふわ、満月。いいねえ、いいねえ。ねえ、美香ちゃん、満月の日がいいねえ。満月の日にやろか。わ、それいいね。満月の日に野外ライブやろうやろう。にしても、きれいね。そうやね、きれいね。そのまま元町駅からJRにのって、大阪にかえってきたのだけれど、その間中満月はあたしにずっと付いてきてくれて、今日は付いていてあげるよ、ってかんじで付いてきてくれてて、ああ、満月。ねえ、満月。
きょうはゆっくり、おやすみ。
朝は川上弘美の「ざらざら」を読みながら、じゃこおにぎりを3つ。
お昼ごはんは私だけおなかへってなかったので、学さんとまんちゃんふたりぶんの鳥のピカタと
血液さらさらを考えたタマネギサラダ。私は、すももを3つ。
晩ごはんはオーサカキングの屋台でかいぐいしたので、あまりおなか減ってなかったけど
桃があったので、桃を生ハムでくるくる巻いて、生バジル、黒こしょう、オリーブオイル。これは、
近所のイタリアンレストランでの目玉メニューのまねっこ。まねっこ、うまい。最高。
せやけど太陽にかなりあたったので怖くなって、セルフケア。このあいだから、ベルガモットのアロマに
はじめてはまっている。私の大好きな檸檬の香りがするのであるよ。
クールパックだ~とおもって、タオルを冷やして、アロマを数滴、す~っとする。いいにおい。
檸檬の匂い。あ・・・ももの話だったはずやのに。
すもももももも、太ももも。「も」
モチベーションの問題、「も」
もらったきもち、たくさんあるんよ、「も」
もつれたまんまやし、「も」
もやもや、「も」
モッツァレラチーズと生ハムもうまいよなあ、「も」
もういっぺん、ちゃんと、「も」
燃えろ、いい女!?「も」
まだ8月に入ったばかりだというのになぜだか今年は夏が過ぎ去るのが怖くて、リゾート気分満載のサマーワンピースをきて、ストローハットをかぶって、電車に乗ってみた。星が丘、というきれいな名前の駅でおりて、「あおいまち」というアーティスト高濱浩子ちゃんの個展をみにいった。大阪と京都の中間あたりの町で、その名のとおり、星がきれいに見えるんですって、夜。夕方までにかえっちゃったから、星がどれだけみえたのかどーかわかんないけど。で、おおきな木のしたで、神楽舞というのをやってて、笛吹きの男の子が、普段は神殿のなかでしかやらないという舞を、特別に披露してくれたんだ。夏の茂る、大きな木のしたで。大きな木のしたには、手作りのブランコなんかもあって、神楽の笛や太鼓の音と、60歳ぐらいなんかなあ、舞人の舞をしばらくながめている。神聖な気持ちになって、ああ、ストローハットなんてかぶってられないとおもい、帽子ぬいで、足をおもいっきり蚊に食われながら、今年は、なんてか、神様に縁があるなあ、と感じている。因島の祇園まつり、大阪の天神まつり、それからまたまた因島の十七夜、そして今回の神楽舞。とくに、神様とか意識したことがなかったけれど、まあ、そういうときなんだろうと思う。神様はわたしにどんなメッセージを投げかけようとしてるんやろか。なにを伝えようとしてるんやろか。そういえば、維新派の松本雄吉さんが、「夏は、あの世との交信ができる季節なんやな」といってたっけ。お盆があったり、原爆が落ちたりして、日本の夏は、魂が浮遊していて、で、強烈な暑さと、あのミンミンゼミの音のなかで頭がカーンとどっかいっちゃって、夏は、ちょっと狂っちゃうというか、いろんなものと精神がシンクロしちゃいやすい季節なんかなあ、とか思ったり。大きな木のしたで、強烈なミンミンゼミをききながら、ああ、セミ、うるさい~~~~もう少し昼寝させてくれ~~という母の声を思い出したり。飛び込んだ海のツーんとした潮のにおいがよみがえったり。自分の背景にある、大きな力を感じずにいられなかったりして。そんでもささいな、ちっぽけな、つまらんことで凹んだり、いらいらしてる自分もいたりして。ちょっと大阪を離れていたぶん、足元が不安定のような、そういうぐらぐらな感じのバランスをなんとかとろうとしているという感じだろうか。帰りになんばの本屋で、「レモンブック」という本と、川上弘美さんの「ざらざら」という本を買う。「檸檬」をやはり、次の個展のタイトルにしようかとおもいながら、ぐるぐるいろんなことを考える。
星がみえる街にかえろうよ、「ほ」
ほしいものなんてないんだ、「ほ」
ほんとうのあたしにあいたいいんだ、「ほ」
田舎の夏の空は、なんだか低くて、三角定規でいうと30度ぐらいの角度のままこちらに迫ってくるような気がする。海と空が、遠くの鋭角のところでいっしょくたになってて、そっからこちらの菜園やら花畑やら砂浜あたりは、三角定規のまんなからへんに位置する感じで、まだ裏側にも遠く続く。

昨日はG2氏演出の舞台「開放弦」を見た。
コバルトブルーの入道雲の真夏の空が、舞台の背景にずっとあったもんだから、あの青が今朝も目に焼きついたまま。因島の空の青よりかなり濃い目に思えたけど、あの三角定規30度、って感じの角度は似ていた気がする。「開放弦」は、ギターの話だった。まんまじゃん、ってかんじはなく、おお、そこに落ちたか?というぐらい、たんたんとした物語は静かに感情をあおった。途中の休憩をはさんで、2時間と半ちょっと。芝居でいうと長い尺だ。それでもたんたんとして、あきさせず、そう、私らの感情をゆっくりとあおった。それは10倍に引き伸ばされたような「ボレロ」みたいな、じれったさ。あんまり泣かない私の目に、ゆっくりと涙がにじんできていたよ。当然ながら、学さんなんて、めがねをとって、ぽろぽろ。泣きすぎ~。絶対泣いてると思ったあ。「好きになっていいのかずっとわからなかった」 ってとこから俺。「そっちはとうやまくんだから」ってとこあたし。
ここんところしばらく大阪を離れていて、さてと、ああ現実の大阪だ、というような昨日。ああ、いい作品つくってんねえ~と思って、ああ、私もそっち側のつくる側の人でいたい人だなあ、と思ってて。なんか眠れなくて朝から今日はひさしぶりのブログ。こころを落ち着かせるための文章デトックス。
なんなのよ、「な」
泣いてるの、「な」
なつかしね、「な」
なんでもないよ、「な」
悩むよお、「な」
鳴きすぎだよね、蝉、うるせ~、「な」
なんで?「な」
なんとかなるよ、「な」
三角定規で30度ぐらいの夏の空が好きだな、「な」