2年目のオーサカキングが開幕しました。188としても2年目のお仕事となるわけですが、まあ、人を呼ぶ、集める力というのはすごいものがありますなあ。ほんでまた、人が集まるんです。やっぱり人は、人を求めているというか、おもしろそーなことを求めているんですね、こんなに暑いさなかなのに・・・。暑さ、そのものがなんだか記憶にべちょ~っと汗のように張り付いた感覚は、みんな、夏祭りの熱気みたいなものを小さい頃から持ってるから、それが懐かしくなったり、わくわくしたりするんでしょーね。炎天下はさすがにぐったりしたけど、田舎の母からメールあって、「今日は十七夜、お神輿がでます」・・・と。田舎のお祭がまだ続いているということに感謝する。昔は、青年団のおにーさんたちがお神輿を海にで~んと投げて、東の浜から、フェリーに乗せて遊覧させて西の浜まで持っていく。もうせ~もうせ~もうせ~もうせ~といって、火を焚いたなか、男たちがフンドシいっちょで、みこしをかついで女たちはせっせと世話をするのね。憧れとったなあ・・・。ともあれ、オーサカキング。自分たちでつくる夏祭り。私にとってはそれが、629だったりするんだけどね。わくわくは自分でつくるのじゃ。
神戸での仕事が2件つづいてあったので、ランチタイムはトアロードのアミチエにいった。ここは古いジャズ喫茶・木馬の新店舗。ソプラノ歌手の深川和美の拠点でもある。絶対に人に媚びる事のないマスターが、低いトーンで「いらっしゃい、みかちゃん」と迎えてくれる。和美がソプラノヴォイスで「やっほ~」と微笑む。神戸にくると、ほっとする。大阪とはちょっと違う人間関係がここにはあって、これまた心地よいのだ。濃い珈琲を入れてもらって、うだうだ。和美が家のベランダでとれたというバジルとごまの葉を丁寧に切り取りながら、「はい、これみかちゃんのん」とくれたので、ああ、今夜は韓国料理がいいなあ、とか思う。仕事と仕事のすきまなんだけど、ああ、今夜は韓国料理がいいなあ、とか思う時間がとても大事。大事な事を、大事に大事に・・・。こんなあたしに時間をかけてくれる人がいて、時間の大切さ、贅沢さを、ちゃんと思え合える仲間がいて。この人たちとはきっと素敵な時間を重ねていけるんだろーなあ、これからも、と心から思う。なんか、ここにいると、パリもNYも因島も千日前も、どこにいてもいっしょやなあ、と。結局は、縁あってそこにいる人の居方なんだろなあとか、思う。
小さい頃・・・まめ太は臆病で、真夜中にせっちんにもいけない。じさまをおこして、裏庭につれていってもらって、お化けみたいな“もちもちの木”の下でしーしーとやってもらわなければ、おしっこもでない。というイントロからはじまる絵本、『もちもちの木』が大好きだった。臆病なまめ太は、ある夜、じさまが熱を出した事から、勇気を出してふた山も向こうにあるお医者様を呼びに行くという話で、帰ってきたとき、もちもちの木の実がお月様にてらされて、それは美しく光り輝いていたというものだった・・・ような気がするのだが、私は、もちもちの木をみたことがまだなかった。それが、今日、もちもちの木に出会ったのですよ。奈良のヒルトップテラス。ギャラリー夢雲のやまわきさんに連れて行ってもらったなら公園のなかにあるお洒落なレストラン&ウエディングスペースのなかに、巨大な“もちの木”というものがはえていた。絶対にこれやと思う規模のでかく、太く、で~んとした木だった。わあ、もちもちの木にあえたあああ。はしゃぐ私。オレンジ色の実がつくらしい。千日前から約30分のところに、別世界のような、奈良はある。私は秘密の場所をまたひとつ増やしてしまったという感じ!!
・・・とはいえ、やはりスタジオでのザコ寝はすでにからだに無理を来たすようで、帰ってきてから呆然とボロボロ状態が続いており、本日はほとんど自分自身が使い物にならない状態。しゅーまつのプレゼンのことをあれこれかんがえるのだけど、頭がまわらない。夕方からギャラリーで打ち合わせ。ハンコのひょうたん好きが縁となった、ニッシャのOさんがこられて、歴史もの展覧会のポスターづくりのお誘いをうける。
きょーはとーきょーで撮影。松尾貴史(キッチュ)さんのお芝居カンパニーアガペストアのビズシリーズ3部作の完結編~のチラシパンフ撮影だった。このビズシリーズの完結編のサブタイが「ハドソン川を越えろ」というもので、つまりこのお仕事の背景撮影のために先月はハドソン川を越えにいったのだ。今回は、その大合成のための人物撮影。9人の役者さんをひとり3回の衣装変えによって撮影しなければいけない。これはかなり大変な規模のしんどい撮影である。今回のマドンナ役は、篠原ともえちゃんで、はじめて彼女にあったのですが、なんと素敵な・・・衣装も小物もほとんど自分で用意してくれて、自分の演出力がすごい高い子。1ポーズ、1ポーズの表情のつくり方も、完璧にかわいくって、とてもリズムがよく、思わず、しゅんちゃんとかも「撮らされてまう・・・」というぐらい、まるでキャッチボールするようにカシャカシャ、リズムのいい撮影となりました。このメンバーで数々の撮影をこなしてきたけれど、本当に安心するベストメンバーですな。よい写真になってると思う。
1年弱ぐらい、けっこんぴあのカバーストーリーという巻頭特集のお話を書く仕事をさせてもらっている。きょうはその原稿の締め切りで、といっても、ほとんど執筆時間がまる1日しかなかったから、執筆日=締め切り日という状態だったのだけど、朝から缶詰状態でワープロに向き合っていて、ふう、つかれたあ。夕方母からメールがきて、東京が地震らしいから、明日は新幹線の時間をちゃんと気にして気をつけていきなさいよといわれて、あれれ、そーなの?ちっともわからなかった、地震きたの?ときゅうに心配になる。ロンドンやNYのテロやら、台風やら、地震やら・・・なにかどうしようもないことがおこったときに遠くに離れているというのは心配なものだね、心細いものだね。さてと、明日はトーキョだあああ。
夜からギャラリーでかんがえごとしよーとおもって降りていったら、ゆかた姿の19才、鏡子ちゃんが遊びにきていた。不思議に学さんになついている子で、学さんのことをパパパパと呼んでいるが、考えてみると本当にパパの世代だ。ふう~。和歌山の田舎町から大阪に出てきて、まだ1年。まだ1年で、千日前に出入りしているとはある意味すごいぞ。かわいい素朴なおんなのこだ。来年成人式だという彼女とはなしながら、パソコンをたちあげて、個展のための構想をカチャカチャと綴ってみる。ここのところ、原案はずっとペンで書いている。ペンじゃないとかけなくなってるのが面白いけど、このあいだの室生での心のスケッチみたいなものをパソコンに写しとりながらカチャカチャ。贅肉を落としたり、リズムをつけてみたりと文章のお料理。ああ、そーゆーことなのかもしれないな、と書きながら思うのだけど。新鮮な素材(感情)は、できるだけ新鮮なうちに、塩をパラパラ~ていどお出しするのがよいのだろーけど、自然のままの素材(感情)ってものは臭みも在るし、苦みもきつい、しょっぱすぎたり、甘すぎたりもする。血なまぐさい場合だってある。苦みをよしとするのか、自然の甘味をひきだすためのスパイスをつかうのか、その塩梅ってものがワープロ作業の妙味なのだわねん。ひさしぶりにくうう~っと集中できていくつかのまとまった文章をかくことができた。じぶんの心の中なんてものはそうカンタンにのぞけるものじゃない。こうでもない、ああでもない、でもあ、ちょっと近い。そんな感じでもあるよな、おお、そんな感じだ。いいぞ・・・言葉にできない感情があるから、人は言葉を探すんです。言葉にできない感情があるからこそ、私は言葉を紡ぐんです。見つからない言葉を、探すんです。たぶん。
蜜月と書くとやらしいきがするけど、そーゆー意味ではなく、本当によい仕事を何年も続けてこれたと思えるのは、クライアントとはいえ、互いの人間同士の信頼関係とその仕事に対する深い愛情のたまものだ。今日は、長年、私のライフワークともいえる仕事先のおにいさんが営業に異動になったことで、そのお別れ会というか、ありがとうございました会が新地で開かれた。もう5年もいっしょに仕事したなあ。文章がとても好きな方なので、頭をつきあわせて、いっしょにCDのライナーノートや第九の解説本をつくったこともある。仕事仲間をとても大切にしてくださるとても素敵なプロデューサーだった。うーん・・・過去形にはしたくないのだけど。でも、本当によい仕事を学ばせてもらったなあと。私も、あらためて、次なるステージに突入しなくては!で、やっぱ根本は人間同士の愛情だよなあ、愛情なくしておいしいミカンがつくれないのといっしょで、ことばもデザインも生まれないんだなあ。とか思う。
ひさしぶりに奈良室生村のギャラリー夢雲にいった。300年の民家から生まれたこのギャラリーは蜘蛛の向こうに雲がのっそりと流れるひっそりとした山間にある。今回は再生ガラスをつかって、でっぷりとしたグラスを作り出す私の大好きなガラス作家・笠井秀郎さんの作品展だ。笠井さんご夫妻がいらして、そして信州のギャラリー歩ら里のオーナーご夫婦もいらっしゃる。なんだか、ギャラリーの大先輩たちばかりで、わ、わ、わたしもギャラリーはじめました~なんて言えないわあ~とびびるぐらい。笠井さんは20年もギャラリーやってるっていってたし。もちろん夢雲のやまわきさんは私のすべてにおけるお手本だし。ギャラリーのお手本というのではなく、人を迎える・・・という人間としてのホスピタリティのお手本なんである。私はこの人に、たくさんのことをからだで学んでいる。彼女が私に時間をかけてくれたこと。忙しいなかで時間をほんとうに割いて助けてくれたこと。厳しい目線、やさしい目線。めったに人になつくことのない私が、ここではすっかり甘えている。甘えさせてもらっている。夢雲には、はなれの部屋があって、私はここにずっといて、ミンミンゼミのなくうだるような昼間に、昼寝もせずに、汗をかきながら、ときどきまわってくる自然の風にふう~っと息をつきながら、ペンにインクをつけて、スケッチブックにひたすら文章を綴っていた。何かを書きたくてしかたがないんだ。指先の方がはやくはやく~とせかしてくれる。次は何をかくの?何をかくの?って・・・9月に個展をしようと思う。はじめての個展。自分のギャラリーで、自分の誕生月にやることにした。じゃあ、自分の事を書こうと・・・タイトルは決まった!
グラフィックデザイナーの木村泰子がWOMBで私もやりたい、やらしてくれと629初日にいってくれて私はすごく嬉しかった。きらきらした眼で、みかさん!となついてくれながらも、なんか、私の本質みたいなところをぐっと正直に突いてくる素直な鋭さみたいなものが彼女にはあって、そういうところを含めてなんかとても大事な存在。で、具体的にやすことどんな展覧会をするか?が本日の飲み会のテーマで。御堂筋を渡らないと遊んでる気がしない私は、9時の待ち合わせにとことこ御堂筋ごえをして待ち合わせ場所に向かう。中学の頃はバレーボールのエースだったという背のすらっと高いやすこは、京もほんまにきらんきらんの眼で、「わ~い、みかさんだあ」。いっしょに富士にいってゴーヤチャンプルやら水茄子やら宮崎名物冷汁やらを食べながら、ああこうやって互いの大切な時間をかけあう、向き合う、深める・・・ってとてもこの宇宙のなかですごいことだよねえ~とか話してる。途中でケータイなる人とか嫌い~、とかいいながら。そう、せっかく向き合ってる大事な時間なのだ。大事な時間を大事なひとにかける。かけてもらってる。それはもう宝物のような時間ではないか?あれこれいいながら、やすこから3つの提案をうける。展覧会をどんな方向でやるか、という話だ。私ははじめ、2・・・を選んだのだけど、よくよく話を聞いてくうちに、やっぱ、3がいい。と思って。3にする事に決めた。3とは、私がやすこにお題を出す、というもの。それこそ、どこにもない188WOMBならではのものになるのでは?というやすこの見解も含めて合意。まずは私の宿題からとなった~。たのちみ!
夕方からおもいたってギャラリーをあけた。あけたというか、ちょっと静かな気持ちで気分転換をしたくて。仕事の整理やらなんやらやってると、ハンコが帰ってきて、かわいい女性カメラマンさんをつれてきた。そのうち、なべちゃんが納品にやってきてまあまあ、カメラマンさんが集合だわね、とペプシをのみながらしばらく談笑。カメラマンと被写体との関係って、どんなかんじやねんろ?という問いに、なべちゃんは、「こうやって普通に人と会話を進めるときのかんじとたぶんいっしょなんちゃうます?ぼくなら、相手の出方をみながら、なんかきっかけみつけていくし、マイペースの人やったら、相手が誰であっても、マイペースのまま写真とるんちゃうかな?」って。ああ、そうだなあ、と妙になっとく。たぶん、そーだよ。アラーキーとかどーしてんのかなあ、といつも思っているんだけど、会話を交わす、会話を弾ませる、会話を深める・・・その行為といっしょなんだろうなあ。なるほどなるほど~。なべちゃんとは逢うたびになにかしら、アートトークがよい感じで展開されて、いつも面白い発見がある。私、写真好きやからねえ~。でも、本当になにげなく、ふらり~っとこんな場をもちたかったなあ、というような夜で、ちょっとバタバタといそがしかったのだけど、にゅーとらるな日になりました。
きょーは、絵描きさんたちの夜だった。南森町で、学さんのやってるライブペインティングユニット「ゴールドフィンガーズ」のお仕事があったから、いっしょにマネージャー業やってきたのだけど、いいねえ。いい空気だねえ。やっぱ生ものはカッコいいねえ。イタリヤ料理屋さんのオープニングレセプションで、中庭を借りて、記者さんたちを前にライブペインティングを披露するというもの。蝋燭を焚いて、建一郎の電子音と、三木重人くんのバイオリンが響いてきて、鉄秀と学さんがいつものようにじっとあぐらを描いて座っている。次第に二人が立ち上がって、墨をたぷんとつけて白い画面に筆を入れ始めるのだ。かなり、神聖な気分。約40分のライブが刻々と続いた。
月曜日なので朝からギャラリーのおそうじ。窓を拭いていると、本当に、心の曇りまで見えてくるから不思議・・・そろそろギャラリー美化委員会を発足せねば・・・とロフトの骨董売り場で、念願の史机をギャラリー用に買いました。ゴミ箱も。机ができたから、今度から、ギャラリー番をしながら、1Fで作業とかできるのが楽しいわ。あとはランをひいてもらってネット&メールができれば完璧。いただいた、ほおずきやゆりの花が満開です。お店は開けなきゃ、意味がないね。もっと開けられるよう、がんばるぅ。
昨日はおやすみだったんだけど、なんやかんやと人が来てくれたりして、ノーメイクでごめんちゃい~って寝ぼけボケボケの顔でオーナー業・・・それにしてもダイエットペプシはまずいなあ、とスターウォーズキャンペーンを憎む。水とかお茶にしてくれたらええのになあ。と思いながら、お客様にペプシのサービス。きょうはさすがにギャラリーおやすみ。夜はまりちゃんと岩風呂三昧する予定じゃ。
昨夜はよく飲んだ。よしみかなさんという先輩女性コピーライターさんが、シャンパンをもってお祝いにきてくださって、開けようよ~ってものすご飲みモードになってしまって、私はかなり酔っていたらしい。扇町インキュベーションセンターのやまのうさんとか、扇町、天満橋界隈でデザイン会社をしている方たちもきてくださって。おお、それから、カメラマンの石本くんという男性と8年ぶりぐらいに再会。昔、モーティブという写真集をつくったときに作品を出してもらったのが縁だったけど、気になりながらもそれっきりだった方で、写真みたいなあ、と思っていたところだったから、うれしかった。それからファッションメーカー勤務のさわこちゃん、建築デザイン関係につとめはじめた女の子などがざわざわとよる。おお、男性のからだをデッサンしたいというオクムラさんもやってきた。なんやかんやゆうて、最後の最後に、ハンコとオクムラちゃんと3にんで、坂町のこれまた小さなバーにいってうだうだしゃべってしらんまに眠っていた。起きたら、幸い、酒がのこっていなくて、外は大ぶりの雨。きょうはおとなしくしていよう。
そんなこんなで京都を12時すぎのJRで出てから1時間ほどして、やっと大阪に戻ってきた。終電後の大阪駅はタクシーの運転手さんの客引き行為がひどい。はっきりいってネパールやインドよりも恐い感じだ。近距離の私は、ごめんやでおっちゃん、私近いから商売にならへんわ~というと、案外、そっとあきらめてはなれていくのだ。そんなこんなで正規のタクシー乗場からのって日本橋一丁目の交差点で降ろしてもらい、事務所にかえるとギャラリーに明るい電気が・・・およよ。ふっこさん(わかぎえふ)さんと役者のちありちゃんが東やしゅんちゃんと飲んでいる状況だった。おっとこれは、おもしろそーだ。飲まないわけにはいかないと、眠い目をこすりがら、えふさんの話をきいたりわらったりしていた。次の公演は、ヨーロッパのある小説を題材にしたらしく、その原作本を読んでくれた。はじめての朗読激~と浮かれていたのは私だけかな。ともあれ、ふっこさんがこのギャラリーをとても気にってくださり、11月の上旬に、「リリパットアーミー20周年写真展」を開くことになった・。狭さはごめんやで。でも、ええ場の渦巻きができるとおもうねん。
七夕様という夜をしばらくの間とくに意識したことがなかった。小さい頃は、山でささをとってきて、私たちは当然のように海に流していたのだけどね。今日はギャラリーをかつらこや学さんにまかせて京都の法然院にいった。ソプラノ深川和美がここ2年やってる「童謡サロン」の七夕ヴァージョンがあったから。法然院というお寺はアートや音楽に解放されたお寺で、話はきいていたのだけどはじめて伺った。竹薮のなかに、紫陽花や蓮の花が咲いている。雨あがりのしっぽりとした参道である。大阪ミナミの喧騒からすっかりはなれて、小旅行気分で歩いていると、反対方向から指揮者の佐渡さんが歩いてきて、いろんな話をしながら受付にゆっくり向かった。きょうはふたりともお仕事ではなく和美ちゃんのライブをきく単なるお客さん。土間にピアノを持ち込んで、地べたにはタップ用の板を敷いて、パーカッションが準備されている。お花のアーティストが七夕をイメージして天の川を花でこさえている。で、ゆかたをきた歌姫、深川和美。やさしくて、かわいらしい彼女の声が、お寺の天井にふう~っと抜けるように響くのが気持よかった。反響するのではなく、すーっと抜ける感じなのだね。耳ざわりがとても心地よかったのよん。今回も、まるたけえびす~♪など、京都のあそび唄や数え歌、絵描き歌などをいっしょにうたったりして。こうやって、「つながる、つたわる」を実践しているじゃんねえ、彼女らは・・・ちゃんと自分流にアレンジしてかっこよく見せてくれているのがすてき。自分たちの世代にちゃんと届くスタイルになっている。古いものと新しい感性、自分たちの感性がちゃんと加わって、届けているこのライブはうれしいうれしいなあ、と思うのです。フィナーレは、みんなで「ささのはさらさら」・・・七夕の夜に、あなたはどんな願いごとを書きますか?小さい折り紙を渡されて、何を願おうかと思ったのだけど。「雨がたくさん降って、おいしいスイカが獲れますように」とかいた。
きみはいま椿なの。ぼくはいま住職だよ。
・・・法然院のおしょうさまのお言葉。いみがちゃんとわかるにはちょっとした時間がかかるんだろうけど、とても艶のある、響く言葉でした。
写真を編む、という作風の写真作家・本田かな。私が、次の作品展をやってほしいと考えている女性。かなとは不思議な縁で“パリ”つながりである。もちろんずっと前から知ってる女性なのだけど、かながこの春先にパリで展覧会をした。その前にちょうど私はパリに行ってたから、先に彼女が行うギャラリーをロケハンしておくことができたのだ。そのギャラリーの女性オーナーとは2年前にも逢ったことがあるというまた不思議な縁もあり、急速にいろんな話をするようになった。商業カメラマンではなくて、写真作家1本で腹を括って、やっていこうと決めている女。作家1本で、という覚悟がいいよね。やっぱり今日、と思った日に写真を撮りにいける日々がほしいから、と彼女はいう。(おっさんギャグを交えながら)・・・今、かながやってるのが『スサビ』という写真のシリーズで、維新派公演でもいったことのある犬島の廃屋などを撮影してる。これも縁かなあ・・・犬島は私も俊介といっしょに写真を撮りにいって、たくさん取材してたくさんの言葉を書いたから。彼女の撮影した廃屋のその背景までがあああの場所だなあ、と感じることができるのだ。さて、彼女の写真展を、私は8月に開催することに決めた。8月というのが、暑いのが、彼女には似合うなあ、と思ったから。また詳細は発表するとして・・・
ほんで、ギャラリー閉めて事務所にもどると俊介がきてて、俊介の展覧会はいつにするか?って話になって、わああ~っときゅうに盛り上がって、今年の〆は俊ちゃんだなあ、と決めた。で、12月。俊ちゃん+かおりさん。夫婦でカメラマンをしている二人にやってほしい、テーマは『〇〇』(まだちょっと秘密)。どうしてもやってみてほしいテーマで、・・・その写真行為によってふたりにどのような変化と進化と発見があるのか・・・見てみたいなあ、と思っているのです。それは、今年の年末あたり、なにかとても大事なことのような気がしてね。で、そんな作家たちに触発されて、オーナーといえど作家でもある私も次なる展覧会に挑まなくてはね!と。これまた日程を決めちゃってます。ひそかに・・・。動いていますぞ。
きのうはそぼふる千日前。しとしと雨のなか、私の大好きな着物姿のおねえさんがギャラリーにかけつけてくれた。絽の黒い着物に、うちがわの白い着物を透かせて、しとしと。粋なんですよお。ほんまに。いつも見惚れてしまうほど。いつか着たいなあと思いながら。このギャラリーで小さな落語会でもしましょうよと話す。落語のなかに艶笑話、というものがあるらしく、それを、学さんの絵に囲まれたこの空間でできるとええねえ~って。大人のそうした、大劇場ではできない小遊びができるとええねえ。そうなのだ。千日前という場所に縁あって、この場所、地べたにギャラリーなどをつくったその責任感は、この千日前という土地が次たのむで~といってるような責任感なのかもしれない。ついこのあいだまで、寄せ小屋が立ち並び、芸事の聖地であったこの界隈。いまのパチンコ屋がすべて昔は寄せ小屋だったと思うと、なんや、さみしいやないですのん。舞台や芸能ごとになぜか関わってきたことと、この千日前・坂町に住んでいることの両方は、なにやってくださいよ~という天と地からの必然を感じる今日このごろなのでありますなあ。
サントリーミュージアムで行われていた『レイモン・サビニャック』展が、無事、終了したとの報告を受けました。なんとカタログは大好評にて完売。後半1週間、約1000人のお客様にカタログが行き渡らなかった~という残念さが残るものの、まじで完売ってのは制作者冥利につきるもの。よい仕事にかかわれて本当にうれしくおもいます。サビニャック展は、今後も、日本各地で巡回展をする予定らしいです。そのときは増刷するらしーので、どこまで見たら、お出かけください。川崎ミュージアムとかであるらしいですよ。
朝おきて、今日はおやすみだ~と思うとほっとした。やっぱり、気はってんのかな。終わらない629なのだから、もっと、よい加減ではじめなくては、へたばってしまうね。夜のギャラリーは、おつまみ系の居酒屋料理が上達していきそう、夜のミナミに進出ですな。明日からまた!!
おそい梅雨です。でも心がほっとする。昨日は、土曜日だったので、夕方からギャラリーを開けました。かんちゃんという芸術大学4回生の女の子がたずねてきて、いろいろ話をする。うっちゃんという23才ぐらいの若者男子もたずねてくる。20代前半の子たちがキラキラと目を輝かせてギャラリーに訪ねてきてくれて、将来のことをいろいろ話して帰ってく。私や学さんは、彼らに夢を見せてあげる。夢が夢じゃないことをからだで伝えてあげたくなる。仕事も、アートワークも両立できること。仕事をおもしろくする方法なんていくらでもあること。自分をおもしろくする方法なんて自分しだいなんだってこと。それから、縁なんて、ないんだ、ってこと。これは最近の私が強く思うことのひとつで、縁なんて曖昧な言葉はない。縁とは、思いの強さだ。どちらかの思いの強さがあって、それが相手の波動にうまくのったときに、縁は生まれる。待っていても縁なんてない。街角で偶然に逢いたい人に逢えることなんて、ほとんどやっぱりないわけで。縁は、思いの強さだ。ふたりの波動だ。なければ、ないってことなんだ。
まだ朝からたるとたちが工事をしてる。なんだか雨模様で、テレビでは兵庫県に大雨洪水注意報がでたとかいってるし・・・最後の最後に雨かよおい!って感じで朝から料理の段取りを考えたり、たるとたちの作業を見にいったりしていた。ここのところ追い込みなので、目の前にある駐車場に2台車を止めて、そこを占領して駐車場を作業場として箱づくりをしてくれている。さすがやねえ・・・白いキューブ状の箱が見る見る出来て、ペンキが塗られていく・・・な、なのに空が暗くなって、はっと気がつくとバラバラ雨が落ちてきた。たいへんたいへん・・・外に干しておいた洗濯物をとりこんでから、外に駆け出してたるとくんたちの作業小物を中に運び入れたりしてあたふた・・・でも、私ほどあたふたしてないたるとくんたちをみると、ああ、やはり外で仕事をしている人たちなんだなあ、と思う。雨をもっと自然なこととして自然に受け止めているなあと思うのだ。維新派の現場にいてうれしいなと思ったのは、建築現場のようになってる舞台で作業してるスタッフがあるとき、「いちばんはじめの雨粒を感じる。いちばん最後の夕陽のおちてく赤いカケラがみえる」というようなことを真黒に日焼けした顔で教えてくれたこと。うちの田舎の農業もそうだし、たぶん雪国の人もそうだと思うけど、自然は人の力でコントロールなんてできるもんじゃないししちゃいけないし、人は自然のいちぶであることをひしひしと感じながら生きているよね(水不足に泣いてる実家の悲鳴を聞きながら)。ビルの中に暮らしていると、夜明けも夕暮れもわからないのです。24時間電気がついているのです。寒さも暑さも、眠さも空腹も自分でコントロールできちゃうのです。お金さえあればなんでも手にはいるのです。そんななかで、道路沿いに生まれたギャラリー188は、小さな玄関のガラス扉から、往来の人が見えて、ネオン街とはいえ、夜の暗さ、朝の光も見えてくる。地ベタにもっと降りてきたという気がしています。おっと、話がずれたけど、そんなこんなを思いながらたるとたちが作業するなか、雨がザザザザザー。私は、ピーマンやネギや豚バラ肉をトトトトトーンと千切りにして、何十人分かのお料理を仕込んでいるのです。後輩の女の子たちが次々にお手伝いにきてくれて、キッチンに火が入ったように活気付いていきます。夕方、たるとが「できた!」といってる・・・と誰かが私を呼びに来て、下に降りていくと、作業チームの、たると、いけやん、けんちゃんが満足そうにちょっと離れた位置からできたてほやほやのWOMBを眺めていて、はじめからずっと作業してくれていた川野くんは、最後の最後まで丁寧に窓ガラスを拭いていた。できた!!という嬉しそうなたるとの顔を見て、きんきんに冷えた缶ビールを渡して、ひとまず乾杯!!!ああ、この人たちとかかわったことが今年の大部分の629だなあと思う。こんなにも丁寧な作業をしてくれるなんて・・・感謝つきない。ただ、ひたってるひまはなく私はキッチンにもどって、仕込みの続き。6時にはお客さんが来始めるからね~。キッチンにどっぷりはいってくれた、かなちゃん、ななちゃん、かつらこちゃん、はんこやえいくんがもう私がいなくったって、作業を進めてくれている。本当にタカラモノのようなメンバーです。こうして今年は今年の629が始まりました。狭い188ビルに、雨のなか大勢の人がお祝いに駆けつけてくれました。どこいっても狭いので、充分なおもてなしはできなかったかもしれないけど、今回の629は終わらない629なので長い付き合いのなかで、ゆっくりお返しできたらなあと思うばかり。築山パパがいってくれたように、今年は今年のできること、したいことを丁寧にやっていこうと思っています。それでも5年間の歴史の中で、ほとんど変わらないメンバーがいて、やっぱり集まる時はこうやって集まっているのは、うれしいことです。もう立派な歴史です。プーリーんちの息子・海聖くんが久しぶりにうちにきて、もう6年生にもなってて・・・もう抱っこしてあげられなくなったけど、それでもまんちゃんの部屋にあがりこんでなついてくれてる姿を見ていると、この子がいちばんに家出してくるような空間になれたらなあ~と思うのであります。それはええんか、わるいんか???