夜からギャラリーでかんがえごとしよーとおもって降りていったら、ゆかた姿の19才、鏡子ちゃんが遊びにきていた。不思議に学さんになついている子で、学さんのことをパパパパと呼んでいるが、考えてみると本当にパパの世代だ。ふう~。和歌山の田舎町から大阪に出てきて、まだ1年。まだ1年で、千日前に出入りしているとはある意味すごいぞ。かわいい素朴なおんなのこだ。来年成人式だという彼女とはなしながら、パソコンをたちあげて、個展のための構想をカチャカチャと綴ってみる。ここのところ、原案はずっとペンで書いている。ペンじゃないとかけなくなってるのが面白いけど、このあいだの室生での心のスケッチみたいなものをパソコンに写しとりながらカチャカチャ。贅肉を落としたり、リズムをつけてみたりと文章のお料理。ああ、そーゆーことなのかもしれないな、と書きながら思うのだけど。新鮮な素材(感情)は、できるだけ新鮮なうちに、塩をパラパラ~ていどお出しするのがよいのだろーけど、自然のままの素材(感情)ってものは臭みも在るし、苦みもきつい、しょっぱすぎたり、甘すぎたりもする。血なまぐさい場合だってある。苦みをよしとするのか、自然の甘味をひきだすためのスパイスをつかうのか、その塩梅ってものがワープロ作業の妙味なのだわねん。ひさしぶりにくうう~っと集中できていくつかのまとまった文章をかくことができた。じぶんの心の中なんてものはそうカンタンにのぞけるものじゃない。こうでもない、ああでもない、でもあ、ちょっと近い。そんな感じでもあるよな、おお、そんな感じだ。いいぞ・・・言葉にできない感情があるから、人は言葉を探すんです。言葉にできない感情があるからこそ、私は言葉を紡ぐんです。見つからない言葉を、探すんです。たぶん。
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