Fe 鈍い刀
好きなことを好きにできる力をつけた大人が
好きなことを好きなだけすると、
こんなにもパワーが漲るものなのか、とつくづく思う。
つい先日まで、南港の赤レンガ倉庫で、絵師・東 學と二人して
左右9メートルもの巨大作品を日夜制作していた鉄 秀。
毎日、それはそれは楽しそうに今日描いた絵の話、
今日見た空や星の話を繰りかえす。
ほんまに、東と二人して、ええオッサンが仕事もそこそこにお絵かきしよって、
どないなもんやねんと作品が展示されていたギャラリーCASOに
いってみると・・・ふは~、である。この絵のためなら、
たいがいのことは我慢せなならんな、と思える出来栄えなのである。
「芸のためなら女房も泣かす~♪」とまあ、
縁の下の女たちは泣きながら歌いたくなるかもしれない。
凄ければ、すべてはOKであると、
浪速恋時雨派の私なんぞはつい思ってしまうのだ。
しずかに滾る。
鉄は溶け出し、
有機物そうだ、
まるで生き物のように
隆隆と流れ、
すべらかに、
ゆるやかに彼を満たす。
久原鉄秀、絵師。
ご存知だろうか。
鈍刀の方が、実はよく切れること。
(ギャラリーWOMB 村上美香)
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art space 188WOMB
次回展示のおしらせ
11月23日(祝・水)~12月2日(金)
★グラフィックデザイナー/木村泰子展『穴』
◎平日 午後7時~10時まで
◎土曜 午後4時~8時まで
◎日曜休廊
12月13日(火)~12月26日(月)※予定
★写真家/伊東俊介&かおり夫婦の写真展~タイトル未定
◎開廊時間は後日お知らせします。
我らが佐渡裕カントク率いる、兵庫芸術文化センターがいよいよオープンするぞ。明日はオープニングの第九を聞きに行きマース。
うううきょうは駄目だ。駄目だといったら駄目だ。どーしょうもなく駄目だ。ものすごい勢いで仕事をしているけど悲しい。中心がぐらぐらしているかんじだ。あたしの中心がぐらぐらと抜けそうな子供の前歯みたいだ。ばあちゃんに二本まとめて抜き去ってもらったむかしのように、ぜんぶ引っこ抜いて清清としたい。
美香の個展がぶじおわって、もう、次の展覧会がはじまっています。今日からね。わかぎえふさんとこのリリパットアーミーⅡが20周年の写真展をするということで、昨日、えっこらえっこら搬入されました。中島らもさんの、ごっつええ顔してる写真とかありました。過去にするのはもったいなさすぎるね。4回目の展覧会を迎えた188WOMBは少しずつ、こうやって独り立ちできるようになっていくのかもしれません。まだまだおぼつかない足取りですが。いつものアート系展覧会とはちょっと違いますが、私たちのとっても大切なお芝居の世界の、とっても大切な大先輩・友人たちの展覧会。のぞきにいらしてくださいな。
今回の作品を私はすべて手放そうと思っている。自分のもとに置いておかないで、お嫁入りさせようと思っている。もう私はいいから、だいじょぶだから、誰かのところでフレーフレーっていってあげられるのならそれがいいかなと思うのだ。すでに、たくさんのコトバがお嫁入りしていった。私のもとを離れて、これからはそっちで可愛がってもらってね、という気分。二人称でコトバが届いていく感じを、私はもっと大事に思いたい。
さて、最終日。大雨のなかたくさんの方がいらしてくださった。長くて、不思議な1日が過ぎていったように思う。楽日だからというわけじゃないけど、スイッチを押すといつでも泣きそうだった。あらためて、みんな、がんばってんなあ~とおもうわけ。ものすごい忙しい時間の中、時間をあけてくれて、逢いに来てくれるってすごい。電話より、メールより、逢いにいく。って、できないんだけどね、自分では。逢いにいくって、すごいことだ。私といったら、逢いにきて、と一方的にいうだけで、自分では行かない。ずる!ってかんじ。思いがあれば思いが深いなら逢いに勇気をもちたいと思いますね。逢いに来てくださったたくさんのみなさんに感謝しながら、「海と、さっちゃん」。美香の初個展、千秋楽を無事終えました。パチパチパチ。
ただのさっちゃん。
ただのさっちゃんで良いのですよ。
あせらなくていいし
かわらなくていいし
すごくなくてぜんぜんいいし、
できないことはできないのだし
できるときに
できることを
できるだけやれば
いいのだし
笑うとくしゃくしゃになる
ただのさっちゃんがいなくなったら
ぼくはいやだよ
ね、さっちゃん!
夜、ギャラリーを閉めて、事務所にもどったら、学さんが中島みゆきをいつものように聞き始めたので、いっしょにききながら仕事してたら、きゅうに涙がぽろぽろあふれてきた。あれ、なんで?ま、単純にみゆきさんの詩に反応したんだけど、まだまだ私が書き尽くせてないコトバが彼女のうたには溢れていて、なんか自分のなかのド・ストライクにはまってしまったのだ。たぶん。谷川俊太郎さんの詩のなかにもあったけど、言葉にできないコトバを探して、人は詩を書くんだね、って。先輩たちはすごいな。やっぱり、先輩たちの言葉にすくわれて、泣いたりしてきた自分があるから、いま、自分がコトバを綴りたいわけで。そのコトバで誰かが救われたりするなら、うれしいもの。あ、そうか。かきながらわかってきた。個展のなかで、2週間ピーんと張り詰めてきたものがあって、自分の言葉を誰かにいっしょうけんめいに届ける作業をしていたから、もしかすると、ザザザザザ~と母の胸に甘えるみたいに、誰かの大きな言葉に抱かれたかった感覚なのかもしれないね。涙をぽろぽろ流すこと、本当にできなくなって、我慢してんのか、泣き顔がきらいなのか、そんな時間ないのか、結局、たくさん飲み込んでしまってるような感じ。でも。水は留まっていたら、腐るんだって、濁るんだって。だから、体の中に溜めちゃいけない。ざざざ~っと流して、ぽろぽろ流して、それはめぐりめぐって、あしたの水分になるのね。循環。あなたとわたしがめぐりめぐって、流れて、流れて、浄化されて還る日がくるならそれはすてきなこと。と、話がバラバラになったけど、なんか、やっぱり、中島みゆきさんを越えるぐらいのコトバを私は残していきたいと思うし、コトバで生きていく、と言い切れるのだ。