夜、ギャラリーを閉めて、事務所にもどったら、学さんが中島みゆきをいつものように聞き始めたので、いっしょにききながら仕事してたら、きゅうに涙がぽろぽろあふれてきた。あれ、なんで?ま、単純にみゆきさんの詩に反応したんだけど、まだまだ私が書き尽くせてないコトバが彼女のうたには溢れていて、なんか自分のなかのド・ストライクにはまってしまったのだ。たぶん。谷川俊太郎さんの詩のなかにもあったけど、言葉にできないコトバを探して、人は詩を書くんだね、って。先輩たちはすごいな。やっぱり、先輩たちの言葉にすくわれて、泣いたりしてきた自分があるから、いま、自分がコトバを綴りたいわけで。そのコトバで誰かが救われたりするなら、うれしいもの。あ、そうか。かきながらわかってきた。個展のなかで、2週間ピーんと張り詰めてきたものがあって、自分の言葉を誰かにいっしょうけんめいに届ける作業をしていたから、もしかすると、ザザザザザ~と母の胸に甘えるみたいに、誰かの大きな言葉に抱かれたかった感覚なのかもしれないね。涙をぽろぽろ流すこと、本当にできなくなって、我慢してんのか、泣き顔がきらいなのか、そんな時間ないのか、結局、たくさん飲み込んでしまってるような感じ。でも。水は留まっていたら、腐るんだって、濁るんだって。だから、体の中に溜めちゃいけない。ざざざ~っと流して、ぽろぽろ流して、それはめぐりめぐって、あしたの水分になるのね。循環。あなたとわたしがめぐりめぐって、流れて、流れて、浄化されて還る日がくるならそれはすてきなこと。と、話がバラバラになったけど、なんか、やっぱり、中島みゆきさんを越えるぐらいのコトバを私は残していきたいと思うし、コトバで生きていく、と言い切れるのだ。
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