「ブラジルのおっちゃんが今度帰ってくるらしい」・・・と、聞いたことが小さい頃に何度かある。「ブラジルのおっちゃん」・・・こんな瀬戸内海の田舎町の農業ばかりの親戚一同のなかで、「ブラジルのおっちゃん」という響きの違和感はやたらと耳にこびりついていて、それは、うらやましいとか、かっこいいとかの類ではなく、わけのわからないものとして、存在していた。そして、一時帰国した「ブラジルのおっちゃん」はおじいちゃんの部屋で談笑をしていたはずだが、私はとくにご挨拶することもなく、やりすごした。みかん農家にうまれた私の小学生の頃の記憶だったんじゃないかと。
神戸に「キャップハウス」というアーティストたちのアトリエがある。友人であり画家の高濱浩子ちゃんのアトリエがそこにあって、「ここは、船のイメージでつくられているのよ」と案内された。「昔、この場所に、ブラジル移民たちが日本全国から集まってきて、長い船旅生活に慣れるために、ここでしばらく暮らしていたの。だから、ほら、天井が船底みたいに低くつくられているでしょう」。元町の山手にある「キャップハウス」からは神戸の海が見える。この坂を多くの日本人が、「ブラジルに夢をみて」下っていったのだろうよ。
ドラマの「ハルとナツ」というのんをぼけ~っとみて、私のなかで、ブラジル移民のものがたりが、断片的につながっていって、そして、維新派の『ノスタルジア』に出会っていく。松本雄吉さんは、今回のお芝居のことを、20世紀を生きた人類の記憶、とおっしゃっていた。チラシのビジュアルの湿地帯は、ブラジルの地に降り立った日本人たちの足元の不確かさをてらてらとぬめぬめとあらわしているようで。
「ブラジルのおっちゃん」。あの人は、成功者だったのか、つらいだけの人生だったのだろうか。
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