東 學 墨画集『天妖』制作日

墨の女の息吹くまで

ある絵師と、涙もろいプロフェッショナルたちの本造りBLOG

07年5月、パルコ出版より初リリース!!

和文タイトル、佳境へ・・・

今日は、朝から天妖日にするぞ、と心に決めており、粒入りピーナッツペーストをぬったトーストとストレートティを飲んでからはずっと朝からパソコンに向かっている。昨日の晩に突然、目がお岩さんのように腫れ上がってこれ以上コンタクトを入れられない状態になってしまったので、今日はずっとめがね。ああ、重い・・・英文タイトルの第二弾があがってきたこともあり、そろそろ本当にタイトルまわりをFIXさせていく段階となった。かなり引っ張ってしまったからなあ・・・。それにしても、締め切りを自分で決める仕事、というのはまあ、個展とかはそうなんだけど、締め切りを自分で見極めるのは覚悟がいるものだ。もうこのあたりがベストだよなあ、と思っているものを、さらにねばって、もうちょい、もうちょいと考えてみる。でも、前のやつの方がいいような気がする。断然いい、というものが生まれるまで、前作をカンタンに超えるものなんて生まれない。どこまでねばるか、あきらめるか、いやいや、好きなだけまだ悩んでいいんだぞ、好きなだけ、気がすむまで、いちばんいいものが生まれるまで・・・ええええ、それって、いつまで???うう、うう、うううう、お?これってええんちゃうん?グーグルで検索、お、意味もいい。こっちはどうだ、グーグルで検索、うわ、やばい意味があるこれはまずいな。という感じ。まあ、あきらめがよいかわるいかでいうと、私自身、よくはないかもしれない。あきらめは悪い。どこまでもやはり不安だ。ベストを自分で決める、誰かがこれがいいよ、と言ってくれるのを待つのではなくて、誰がなんといってもこれがいちばんいいよ、といえる自信を自分に持たせるには、天才でない場合、やはり努力しかなく、探しきった、考えきった、やりきった、という、もうこれ以上の余地は地球上にありませんよというぐらいの実感しかないのであろうなあ。まだもう少し、う~ん、もう少しというと違うかあ、まだ余地はなくはないとどこかで思っている以上は、やめれないのだろう。おっと、華麗なる一族がはじまる・・・休憩、休憩・・・

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2007年02月18日 20:26  |  
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東 學 近影

【PROFILE】

東 學 gaku azuma

株式会社 一八八 所属
絵師・アートディレクター
1963年、京都生まれ。
父は扇絵師である東笙蒼。幼い頃から絵筆に親しむ。 アメリカのハイスクール時代に描いた『フランス人形』はニューヨークのメトロポリタン美術館に永久保存されている。 20才でグラフィックデザイナー・アートディレクターとしての頭角を現し、主に舞台やテレビ、音楽関係などのグラフィックワークを手がける。 97年、世界的に活躍する劇作家・松本雄吉にアートワークを認められ「維新派」の宣伝美術に就任。 毎日放送ハイビジョン番組『ポートレート』の映像ディレクションにて、(財)日本産業デザイン振興会主催のグッドデザイン賞・特別賞を受賞。 03年、森田恭通氏プロデュースのニューヨーク高級ジャパニーズレストラン“MEGU”にて装飾絵画(墨絵を中心にした浮世絵シリーズ)を製作。 また、06年“MEGU”の2号店(トランプタワー店)でも装飾絵図を手がけた。 04年『ジャパンアヴァンギャルド~アングラ演劇傑作ポスター100』(PARCO出版)の装丁、 05年『林静一 傑作画集 少女編 淋しかったからくちづけしたの』(PARCO出版)の装丁。 同年、画家・鉄秀とのコラボレーションによる大型作品『麒舞羅』が大阪市長賞に輝く。 アート・ディレクターとしての活躍のみならず、絵師としての活動も各界から注目されている。

※上記内容をWikipediaに投稿しました。